LOGIN第四十七話 遊女の未来
明治六年 三月。 政府の役人が礼状を持ってきた。
「去年の秋にお達しが来ているはずだ。 妓女を全員解放するように」
「はぁ……」 文衛門は肩を落とす。
明治五年の終わり、政府からの通知が来ていた。
日本は外国の政策に習い、遊女の人身売買の規制などを目的とした『芸《げい》娼妓《しょうぎ》解放《かいほう》令《れい》』が発令される。
遊女屋は「貸《かし》座敷《ざしき》」と改名される。 そして多くの妓女は三原屋を出て行くことになる。
妓女のほとんどが「女衒」や「口減らし」を通して妓楼へやって来ているからだ。
そういった妓女を対象に解放をしなくてはならない。
三原屋では妓女の全員と古峰が対象となる。 梅乃と小夜は捨て子であり、三原屋で育っているからお咎《とがめ》めはない。
再三の通告を無視し続けていた吉原にメスが入った形だ。
「お婆……私たち、どうすれば……」 勝来と菖蒲が聞きにくると、
「ううぅぅ……」 采は悩んでいる。
妓女たちも不安そうな顔している。
「ちょっと待っててください」 梅乃は勢いよく三原屋を飛び出す。
「どこ行ったんだ?」 全員がポカンとしている。
梅乃は長岡屋に来ていた。
第四十九話 接近 春になり、梅乃と小夜は十三歳になる。 “ニギニギ ” 「みんな よくな~れ」 桜が咲く樹の下、禿の三人は手を繋ぎジャンプをする。 「こうして段々と妓女に近くなっていくね~♪」 小夜はワクワクしている。 (小夜って、アッチに興味あるんだよな~) 梅乃は若干、引いている。 「そういえば、定彦さんに会いにいかない? 『色気の鬼』なんて言われているし、そろそろ習わないと……」 小夜は妓女になる為に貪欲であった。 「なら、お婆に聞かないとね。 定彦さんもお婆に聞いてからと言ってたし」 梅乃たちは三原屋に戻っていく。「お婆~?」 梅乃が声を掛けると采は不在だった。「菖蒲姐さん、失礼しんす」 梅乃が菖蒲の部屋に行くと、勝来と談笑をしていた。「何? どうしたの?」 菖蒲が聞くと、「あの……定彦さんから色気を習いたいのですが……」(きたか……) 菖蒲と勝来は息を飲む。「あのね、梅乃……お婆は会うのはダメと言っているのよ……」 菖蒲が説明すると、「そうですか……」 梅乃は肩を落とす。「理由は知らないけど、そういうことだから」 梅乃が小夜に話す。「理由は知らないけど、お婆がダメと言って
第四十八話 鬼と呼ばれた者とある午後、菖蒲と勝来で買い物をしていた。 本来なら、立場的に御用聞きなどを頼めるのだが気晴らしがてらに外出をしている。 「千堂屋さんでお茶を飲みましょう」 菖蒲が提案すると、勝来は頷く。 「こんにちは~」 菖蒲が声を掛けると、 「あら、菖蒲さん。 いらっしゃい」 野菊が対応する。 「お茶と団子をください」 妓女である二人だが、年齢でいえば少女である。 こんな楽しみを満喫してもいい年齢だ。 そこに、ある張り紙が目に入る。 「姐さん、あれ……」 勝来が指さすものは、注意書きであった。 そこには、『円、両 どちらも使えます』という張り紙だった。 明治四年、政府の発表では日本の通貨が変更される事だった。 吉原では情報が遅く、いまだに両が使われていた。 通貨の変更から一年が過ぎ、やっと時代の変化に気づいた二人だった。 江戸時代であれば、両 文 匁などの呼称であったが、明治四年からは、円 銭《せん》 厘《りん》という通貨になっていた。 ただ、交換する銀行が少ない為に両替ができない場合もあり、両なども使えていた。 「時代が変わり、お金も変わるのね~」 実際、働いたお金のほとんどが年季の返済になっていて、手にするお金は小遣い程度だ。 価値などは分からなくて当然だった。 三原屋に帰ってきた二人は、采に通貨の話をすると、 「あ~ なんか聞いてたな……そろそろ用意しようかね~」
第四十七話 遊女の未来明治六年 三月。 政府の役人が礼状を持ってきた。「去年の秋にお達しが来ているはずだ。 妓女を全員解放するように」「はぁ……」 文衛門は肩を落とす。明治五年の終わり、政府からの通知が来ていた。日本は外国の政策に習い、遊女の人身売買の規制などを目的とした『芸《げい》娼妓《しょうぎ》解放《かいほう》令《れい》』が発令される。遊女屋は「貸《かし》座敷《ざしき》」と改名される。 そして多くの妓女は三原屋を出て行くことになる。妓女のほとんどが「女衒」や「口減らし」を通して妓楼へやって来ているからだ。そういった妓女を対象に解放をしなくてはならない。三原屋では妓女の全員と古峰が対象となる。 梅乃と小夜は捨て子であり、三原屋で育っているからお咎《とがめ》めはない。再三の通告を無視し続けていた吉原にメスが入った形だ。「お婆……私たち、どうすれば……」 勝来と菖蒲が聞きにくると、「ううぅぅ……」 采は悩んでいる。妓女たちも不安そうな顔している。「ちょっと待っててください」 梅乃は勢いよく三原屋を飛び出す。「どこ行ったんだ?」 全員がポカンとしている。梅乃は長岡屋に来ていた。
第四十六話 袖を隠す者 昼見世の時間、禿たちは采に指示を受けていた。 「いいかい、妓女として芸のひとつは身につけておかないとダメだ! 舞踏、三味線、琴でもいい…… わかったね!」「はいっ!」 三人は元気に返事する。 この冬を越えれば梅乃と小夜は十三歳となる。 菖蒲や勝来は十四歳の終わりに水揚げをし、十五歳になったら客を取る準備をしなければならない。 それまでの準備期間となる。「まだ早いんじゃないか?」 文衛門が采に言うと 「あぁ、そうだね……早いかもね」 采は冷静な口調で返す。 「だったら何故……」 「今、しなかったらアイツ等は ずっと悲しんでるだろ? 気を逸《そ》らしていくのさ」 采は、そう言ってキセルに火をつける。 これは、采の考えがあっての行動である。 赤岩の死後、落ち込んだ空気を一変させる必要があったのだ。 これは禿だけではなく、三原屋や往診に出た見世にも言えることであった。 これにより、三原屋の妓女は禿たちに芸を教えることになる。 二階の酒宴などで使う部屋が練習部屋になっている。 古峰は琴を習っていた。 その要領は良く、習得が早い。 教えていたのは信濃である。「古峰……アンタ凄いわね」 信濃は目を丸くする。「い いえ、信濃姐さんが優しく教えてくれるので……」 古峰が謙遜すると、「嬉しい事を言ってくれる~♪」 信濃は古峰の肩を抱く。
第四十五話 名も無き朝深夜から明け方にかけて、岡田は梅乃の身体を温めていた。心配もあり、以前に玉芳が使っていた部屋を借りている。「梅乃、まだ寒いか?」 声を掛けると、「うぅぅ……」 声は小さいが、かすかに反応を見せる。 (よかった……) 岡田は梅乃と同じ布団に入り、体温の低下を防いでいた。 そこに小夜と古峰が部屋に入ってくる。 「梅乃―っ 大丈夫…… って……あの、何を……?」小夜と古峰が見たものは、一緒の布団に入っている二人の姿だった。「いやっ― これは体温低下を防ぐ為にだな……」 岡田が説明していると、「そんなのは、どうでもいいです。 梅乃はどうですか?」小夜は顔を強ばらせている。「体温は戻ったようだ。 何か温かいものを飲ませてくれ」 岡田は布団から出て、赤岩の部屋に向かった。外は、まだ暗いが朝が近づく。これから妓女たちは『後朝の別れ』をしなくてはならない。 岡田は息を潜めるように赤岩の横に座った。二階も騒がしく、菖蒲、勝来、花緒の三人も後朝の別れを始める。二階を使う妓女たちは、朝の目覚めの茶を入れる。そして客が飲み干し、満足そうにしたら後朝の別れとな
第四十四話 静寂の月赤岩が布団で横になっている。 そこに梅乃が看病をする。 岡田は中絶の依頼を受け、妓楼に向かっていた。「先生、しっかり……」 梅乃が赤岩に声を掛けている。 大部屋の妓女たちも赤岩の部屋を見てはザワザワしていた。「お前たち、さっさと支度するんだよ! 仕事しな、仕事……」これには采も見かねたようだ。夕方、妓女たちは引手茶屋に向かう。 その中には小夜や古峰もいるが、梅乃は赤岩の看病で部屋に籠もっていた。「先生……私はいます。 まずは安心して休んでください」 梅乃は濡れた手ぬぐいで赤岩の身体を拭いている。「梅乃……」 小さな声が聞こえる。 これは赤岩がうわごとの様に発している。 「先生……私はここにいます」 この言葉を何度言ったろうか。 やり手の席には采が座っているが、落ち着かない表情をしていた。そこに引手茶屋から妓女が客を連れて戻ってくる。 これから夜見世の時間が始まる合図である。梅乃は部屋から出て、客に頭を下げる。 時折、笑顔を見せては客を歓迎していく。 この笑顔に采は悲痛な思いを寄せていた。客入りの時間は岡田も三原屋に戻ってこられない。 もし、終わっていても何処かで時間を潰さないとならない。 客に安心を与える場所であり、夢の時間を